幸福論

幸福論 其の果て

私が愛した人の墓前に立ち、思考を巡らせる

「後悔してる?」

隣の猫が私に声をかける私は口を開かずに頭を横に振った。

猫もそれ以上詮索しようとしない。猫は普段私の敵だが、決まって墓前では

誰に対しても攻撃をしない。死者に対する礼儀だと猫は嘯いていた。

私を愛してくれた人、私が愛した人、私が壊した人

私の幸福、私の世界、私の全てだった人

「さようなら、元気でね」

私は呟く、私はアナタを追ったりしない。

私はアナタより一秒でも長く生きる、生きて

アナタが居た証拠をこの心に刻み続ける。

もしこの先、私が誰かを好きになったとしても

アナタが居た場所、アナタの世界は私が守り続ける

アナタは償いとして取るかしら?

それは間違い、だって言ったでしょ?アナタを壊したのは

他ならぬこの私だから、確信犯が償いを出来るなんて

本気で思う程アナタは優しくなかったし。


思考を巡らせる

私の幸福論を思い描く

幸せの形は星の数程存在する

だから、私だけの幸福論なのかも知れないし

私の幸福論と同じ考えの人も居るかもしれない

だから思考を巡らせる

私は穢れていて、大きな傷を持っている。

恐らくこの先、普通の人とは幸せになることなどないだろう。

この世界から脱却して、この先この世界に戻るかどうかすら分からない。

けれど私はそれ程悲しいと思った事は無い。

アナタが居た時間、思い出、それらは全て補完したから

私にとっての幸福。それは幸福を幸福として補完する事。

もう誰の・・・私を含めて誰の手にも目にも触れる事が出来ないけれど

何者にも傷つけられる事も無い。

人間らしい感情や表情を全て失ってしまったけれど

私は決して悲しくは無い。

人は幸福が傷ついたり、揺らいだりする時に不幸と感じる。

けれど私には揺らぐ幸福も、傷つく幸福も存在しない。

幸福も不幸も私の中には存在しない。

けれどそれは

望んだままの世界、望んだままが姿。

だから私はきっと幸福なのだ。

「さようなら、元気でね」

また呟く、これはアナタに対しての言葉であるとともに、

私の幸福に対しての言葉でもある。

全てを失うかわりに、私の全ての願いは叶えられた

一人よがりの幸福論

それが私の幸福の形

私が愛した人をそのままの姿で心に補完する

きっとアナタが生きていても

私はアナタと別れただろう。

常に共に生きる事が幸福とは限らない

私は穢れているから、アナタを無理矢理汚すつもりも無いから。

私はアナタを補完する

アナタが幸せならそれで良い、私が不幸で無ければそれで良い

それが私の幸福の補完

アナタが此処に居なくても、アナタが誰を愛そうと

アナタが幸せならそれでいい。

私はそれを望んだのだから

今も私は幸福です

いつまでも、この庭で私はアナタが幸せである事を祈っています。

幸福論 其の六

さようなら、愛する人よ

さようなら、世界よ

さようなら、悲しみよ

そして私は目覚めた

病院には私も一緒に運び込まれた。血溜りの中で気を失っている所を

起こされ、救急車の中で体に異常が無いか色々と聞かれて気がする。

私はその時誰かと話した記憶が無い、恐らく何も話さなかっただろうし

何も話せなかったと思う。

手術の結果は前回の通り、愛した人は精神を失ってしまった。

そこからの記憶は断片的にしか思い出せない。

警察に色々聞かれた、私に何かを答えられるはずは無かった。

病院のベッドの上で眠る愛する人。

「・・・一日、最後の思い出作ってから入院するつったじゃん」

涙が出なかった、もう既に悲しみとしての範疇を越えてしまっていた。

その後に最後にかかれた手紙が見つかった。

色々とない交ぜになった感情が書き殴られていた。

愛する人の家族は私を恨まなかった、責めなかった。

私は裁きを求めたが、遂にその願いが聞き入れられる事は無かった。

目まぐるしく時間は過ぎ、愛する人はこの世界を去った。

「君は嘘つきだね」

猫は私にそう言った。猫だけが私の気持ちに気づいたのかも知れない。

私は、喧嘩した夜、あの時自覚的にあの人を傷つけたのだと思う。

だって、私はあの人の事をよく知っていたから。

どうすれば傷つくのかだなんて、当然のように知っていたのに

私は愛する人を自らの手で亡くしたのだ。

それはとても愚かしい事だった。

幸福論 其の伍

穢れた上に心が穢れてしまった人間は

普通の人とは一緒にはなれない

誰かに言われた言葉、その時は理解しようともしなかった

今なら理解出来る、そんな風になった人間は

自分が流す血と相手が流す血とが見分けられないのだ

だから気づいた時には、手遅れなのだ。

記憶を辿る・・・うまく再生出来ない。

トラウマと言う閉ざされた門は自分で開く事は中々に難しい。

トラウマを探る・・・心が痛む、全身の傷が目を覚ます。

トラウマを開こうとする・・・忌まわしい記憶の奔流が意識を刈り取ろうとする。

それでも、私は自分のトラウマをこじ開ける

別れとは、いつでも突然である。

私と私の愛した人の別れも突然だった。

愛した人が死病であった事は以前にも触れた事ではあるが、

私たちに終わりを告げたのは、病では無かった。

何処で間違えたのだろう?必死になって考えた

考えて考えて考えて・・・そして目の前に広がる血溜まりの中

私は携帯を取り出して夢中で操作した

「・・・助けてください」

投身だった、私が愛した人の部屋を出て間もなくだった。

些細な事がきっかけで、喧嘩をしたすぐ後だった。

なぜ?と考える以上に自責の念が込み上げた。

手術は成功した、処置が早かったのが幸いだったらしい。

けれども、愛する人の心は既にそこには無かった。

植物状態。残り少ない命に加えてそこに精神は存在しない状態

・・・今日はここまで。

少し疲れました。幸福論も終わりがもう少しなので

此処においでくださる皆様、もう少しだけお付き合いくださいませ

幸福論 其の四

世界が私を拒絶したのか

私が世界を拒絶したのか

それはどちらでも同じなのだろう。

否、どちらでも同じでは無い。

どちらでも良かったのだ。

この世界から居なくなる事が出来るのなら。

・・・思考を巡らせる。

あの日の記憶は未だに不明瞭なままだ。

しかし断片的に残る欠片から、記憶を再生する。

私が幸せであった時の記憶を。

あの日の記憶を・・・

私と愛する人は決して一つになれる運命では無かった。

何故なら、私の愛する人は死病を患っていたからだ

・・・それを知ったのは突然だった。

私は私の身が滅びるまで、愛する人と生きていけると信じていた。

それ故に幸せだった、衝突する事があっても。

涙する事があっても、私達は幸せだった。

残りの時間が少ない事を知っても尚私達は幸せだった。

限りある時間を奪い合うように、私たちの距離は限りなく0に近かった。

一つになるには時間が足りなかった。

けれど二人で一つである事を実感するには十分な時間だった。

それを確かめる事には、苦痛が伴ったが、それでも尚私達はそうである事を望んだ。

その当時の私が一番人間らしい感情を持ち合わせていたと思う。

世界が認めなくとも

社会が否定しようとも。

人は幸福である事を願い、その為に強くなれる。

決して綺麗でも、正しくも無い、不恰好な姿で

そこに在る真実こそが何よりの幸福なのだ。

愛する人を悲しませない。大局的に見れば非常にミニマムな正義感だろう。

けれど人の正義は、人の幸福は、人の世界はそういったミニマムな

精神の集合体だと思う。

幸福であるが故の凄惨さ

世界の消滅と再生

そして幸福の姿。

私は何度も思考を巡らせる・・・この幸福論も

ようやく折り返したのだろう・・・

幸福論 其の惨

何も聞こえない

何も感じられない

お願いだからその瞳を開けて

そして私の瞼は閉じた。

思えばそれが世界と私が隔絶した瞬間だったのかも知れない。

愛と言う言葉を前提に幸福を考える以上、そこには当然自分以外の相手が存在する。

愛する人、愛してくれる人、この世界にたった一人の人。

永遠に離れる事はない、もし離れても心は通じ合っている。

恋愛中は大抵の人が、そう思うだろう。

この次を考えない、それはロジックが崩れるから。

その人意外を考える事はない、迷いを望んで生む人間は居ないから。

有体に言えば、その人は幸福の象徴で、自分の世界の中枢なのだろう。

ならば、その中枢を失った世界はどうなるのだろうか?

答えは簡単である。その世界は消失する。

そこで一旦世界は終わる。けれど世界を失った程度で自身までは消失しない。

残された自己は欠片を拾い集め。

新しい誰かと巡り会い、再び世界を構築する。

そうやって人は何度も世界を構築しながら。幸福を探し続ける。

人が愛を失う理由は様々だ。

そこに至るまでの道のりも様々で、それを予測する事は誰にも出来無い。

けれど

結末を垣間見てしまったら。

自分の所為で愛する人を亡くしてしまったら。

知っていて、尚それを防げなかったら

きっとその人間の世界は元には戻る事が無いだろう。

少なくとも、私はそうなった。

私の居られる世界は消えてしまった。私は私の帰属する世界を見失った。

裁かれる事は無かった。

私は、私の手は 何者にも触れる事なく、愛する人の血で汚れてしまっていた。

裁きを求めた、裁かれる事を求めてすがりついた。

しかし裁かれる事は無かった。

それどころか、私は周りから手を差し伸べられたのだ。

彼らは言った、口々に、これを乗り越え、強く生きよと。

私が愛した人の分も幸せになれと。

そして、私はこの世界に参加する事を辞める事になる。

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